脳の可塑性(かそせい)とは、年齢に関係なく、脳が経験や刺激に応じて自らの回路をつくり変えていく性質のことです。よく使う神経のつながりは太くなり、使わないつながりは細くなる。この性質があるから、「検査では異常なし」なのに続く不調にも、刺激とトレーニングで働きかける余地が生まれます。第1回で触れたこの土台を、機能神経学トレーニングがどう活かしているのかまでお話しします。

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この記事はこんな方に向けて書いています
- 第1回を読んで、「脳は再教育できる」の意味をもう少し知りたい方
- 「大人になったら脳は変わらない」と思っている方
- 検査では異常がないのに、めまい・頭の重さ・集中しにくさが続いている方
- 機能神経トレーニングで何をするのか、その理由から知りたい方
脳の可塑性とは?よく使う道は広くなり、使わない道は草に埋もれる
脳の中では、およそ860億個の神経細胞がシナプスと呼ばれる接点でつながり、電気信号をやり取りしています。このつながりは固定されていません。ある動作や感覚を繰り返すと、そのとき一緒に働いた神経同士の接点は信号が通りやすくなり、しばらく使われない接点は弱まっていきます。「一緒に発火した神経はつながりが強まる」と要約されるこのしくみは、1949年に心理学者ドナルド・ヘッブが提唱し、いまも学習の基本原理として扱われています。
山道にたとえると分かりやすいかもしれません。人がよく通る道は踏み固められて広くなり、通らなくなった道は草に覆われて消えていく。脳の回路も同じで、自転車に一度乗れるようになると何年ぶりでも乗れるのは、その回路が太い道として残っているからです。
「大人の脳は変わらない」は、もう古い考え方です
20世紀の半ばまで、脳の構造は子ども時代に完成し、大人になったら固定されると考えられていました。この見方を覆したのが、1990年代以降に広まった脳画像研究です。有名なのは、ロンドンのタクシー運転手を調べた2000年の研究です。市内約2万5千本の道を記憶する訓練を積んだ運転手は、空間記憶に関わる海馬の一部が一般の人より大きく、乗務年数が長いほどその傾向が強いと報告されました(Maguire ら、2000年)。楽器の練習、外国語の学習、利き手と反対の手で歯を磨くこと。どれも大人の脳に新しい道をつくる行為です。
医療の現場では、この性質が脳卒中後のリハビリテーションの土台になっています。失われた機能を残った領域が少しずつ肩代わりしていく過程は、可塑性そのものです。
可塑性は「良い方向」にも「困る方向」にも働く
ここが、機能神経学が可塑性を重視する理由です。脳は「正しいこと」を学習するわけではなく、「繰り返されたこと」を学習します。スマートフォンを見下ろす姿勢を毎日何時間も続ければ、脳はその姿勢を標準として覚え込みます。脚を組む、片側の肩にばかりバッグをかける、目をほとんど動かさずに画面を見続ける。こうした習慣も同じように学習され、左右のバランスや目の動きの偏りとして定着していきます。
検査で異常が見つからないのに不調が続く背景には、この「困る方向の学習」が関わっていると機能神経学では考えます。
| 日常で繰り返される刺激 | 脳が学習しやすいこと | 現れることがあるサイン |
|---|---|---|
| 画面を見下ろす姿勢が長い | 頭を前に出した姿勢を「標準」として記憶する | 首・肩の張り、頭の重さ |
| 視線をほとんど動かさない | 眼球を動かす回路の出番が減る | 目の疲れ、ピントの切り替えの遅さ |
| 脚を組む・片側重心で立つ | 左右の体重のかけ方の偏りを覚える | ふらつき、片側だけのこり |
| 座りっぱなしで歩かない | 足裏やバランス感覚からの入力が減る | 姿勢を保ちにくい、疲れやすい |
こうしたサインは、ほかの原因で起きることも当然あります。強い症状や急な変化がある場合は、まず医療機関で確認してください。
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機能神経学トレーニングは、可塑性の「向き」を変える取り組みです
困る方向に働いた可塑性は、良い方向にも働かせられる。それが機能神経学トレーニングの出発点です。SALUSでは次の順番で進めます。
まず「どの回路の出番が減っているか」を見立てる
最初の工程は、目の動き(眼球運動)、姿勢、バランスの取り方の確認です。たとえば左右どちらかに視線を動かすときだけ目がぎこちない、片足立ちで一方だけ大きくふらつく、といった差が、出番の減っている回路を教えてくれます。刺激を入れる場所を絞るための工程です。
弱い側に、小さな刺激を繰り返し入れる
見立てをもとに、視覚・聴覚・体の動きなどの感覚刺激を組み合わせ、出番の減っている回路に狙って信号を通します。ヘッブの原理に沿えば、通した回数だけ道は太くなる。だから一度の大きな負荷より、小さな刺激を繰り返すほうが理にかなっています。
強い刺激をあえて使わない理由
脳の可塑性には、疲れると働きが落ちるという性質もあります。神経細胞はエネルギーを大量に使うため、負荷をかけすぎると回路が信号を通せなくなり、学習が進まないどころか不調が強まることさえあります。SALUSが「心地よく続けられる範囲」にこだわるのは、優しさというより、可塑性を引き出すための条件だからです。
自宅でできるセルフケアの具体例は、次の記事にまとめています。
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可塑性を味方につける、日常の3つの条件
トレーニングで太くした道も、日常で使わなければまた草に埋もれます。可塑性を味方につける条件は、施術の中も外も同じです。
繰り返すこと。 週に1回まとめて長時間行うより、短くても毎日のほうが回路は定着します。
少しずつ難しくすること。 慣れた刺激は脳にとって新しい情報ではなくなり、変化を生みにくくなります。片足立ちが安定してきたら目を閉じてみる、というように段階を上げていきます。
眠ること。 日中につくった神経のつながりは、睡眠中に整理され、定着します。睡眠を削って練習量を増やすのは、可塑性の観点では逆効果です。
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よくあるご質問
Q. 何歳まで脳は変わりますか?
年齢の上限は確認されていません。変化のスピードは若い頃より緩やかになりますが、高齢になってから楽器や外国語を習得する例は多く報告されています。SALUSでは年齢を理由にお断りすることはなく、状態に合わせて内容を調整します。
Q. 長年の癖でついた偏りも、戻せますか?
長い時間をかけて太くなった道ほど、細くするにも時間がかかります。ただし、古い道が消えなくても、別の道を太くして「使わない状態」には持っていけます。変化の出方は人によって違いますので、カウンセリングで見通しをお伝えします。
Q. 脳トレアプリやパズルとは何が違いますか?
アプリやパズルは主に記憶や計算といった認知の回路を使います。一方、SALUSのトレーニングが働きかけるのは、目の動き・バランス・姿勢といった、体をコントロールする回路です。鍛えている場所が違う、と考えていただくと分かりやすいと思います。
Q. トレーニングの間隔はどのくらいが目安ですか?
可塑性を活かすには、間隔を空けすぎないことが大切です。適切な間隔は状態によって異なりますので、初回のカウンセリングで目安をご提案します。自宅で続けていただくセルフワークもあわせてお伝えしています。
まとめ
- 脳の可塑性とは、年齢に関係なく脳が回路をつくり変え続ける性質。使う回路は太くなり、使わない回路は細くなる
- 可塑性は「繰り返されたこと」を学習するため、姿勢や視線の癖も定着し、異常なしの不調につながることがある
- 機能神経学トレーニングは、出番の減った回路を見立て、小さな刺激を繰り返して可塑性の向きを変える取り組み
- 日常では「繰り返す」「少しずつ難しく」「眠る」の3条件が回路の定着を支える
脳は、いまこの瞬間も、繰り返されたことを学び続けています。その学習の向きは、自分で選び直せる。機能神経学が「脳は再教育できる」と言うのは、そういう意味です。
次回(第3回)は、機能神経トレーニングの入口である「検査」で何を見ているのか、目の動き・バランス・姿勢のチェックの中身をご紹介する予定です。
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